人生高みの見物

天下睥睨するブログ

【映画レビュー】『Love Letter』(1995)

—— 時空を超えて届く、たった一通のラブレター

フィルム上映という「アナログの時間」

先週、国立映画アーカイブで『Love Letter』を初めて観た。
フィルム上映は画質のクリアさこそないものの、デジタルでは味わえない粒子の揺らぎ、光の厚み、音の空気感を感じることができ、映画そのものが「手触りのある時間」として立ち上がってくる良さがある。
LINEで一瞬でメッセージが届く時代に、「言葉が届くまでの時間」を感じさせるアナログ体験は、この作品と驚くほど相性が良かった気がする。

雪原に横たわる博子 = 喪失の中に留まる心の可視化

映画は、雪原に横たわる渡辺博子(中山美穂)のショットから始まる。
三回忌の日の大雪と呼応し、婚約者・藤井樹が冬山で遭難死したことが暗示される。

この冒頭は、単なる情景描写ではない。
博子は、彼の死の瞬間を追体験するように雪の中に身を置いている。
彼の霊魂がまだ雪の中を彷徨っているかのように感じ、自分もまたその世界から抜け出せずにいる。
物語全体は、この「雪の世界」から抜け出すためのプロセスとして始まる。

誤配された手紙が開く、二つの「藤井樹」の物語

博子は、亡き婚約者への未練を断ち切れず、彼が中学生時代に住んでいた「もう存在しない住所」に手紙を送る。
しかし、卒業アルバムからの転記ミスにより、それは樹の同姓同名のクラスメイトに届いてしまう。
この奇妙な偶然が、樹(男)の思い出を紡ぐ手紙のやり取りを生む。

そしてその内に博子は気づく。
彼の初恋の相手は自分ではなかったのではないか。
観客は、一人二役というキャスティングから早い段階で真相を察する。
ここに、我々観客だけが先に知る「切なさ」が生まれる。

恋ではないのに、確かに心が動いていた

樹(女)は、樹(男)に恋愛感情を抱いていたわけではない。
しかし、彼女は樹(男)転校を知った日、クラスメイトが悪ふざけに樹(男)の席に置いた花瓶をたたき割ってしまう。
これは、恋と呼ぶには幼く、友情と呼ぶには特別すぎる感情の揺れが、彼女の中に確かに存在していた証だと思う。
同姓同名という偶然が生んだ、名付けようのない絆。
その絆に気づく前に、彼は去ってしまった。
この時間差が作品の切なさを深くしている。

博子が手紙を返す意味

物語の終盤、博子は樹(女)にそれまでに受け取った樹(男)の思い出が詰まった手紙を返してしまう。
「これまであなたが私に綴ってくれた彼との思い出は、あなたが持っておいた方がいい」

これは、「この物語はあなたと彼のものだ」という返礼であり、同時に博子自身が未練を手放す儀式でもある。
手紙を返すことで、博子はようやく「雪の世界」から抜け出す準備を整える。

図書カードの裏の似顔絵 = たった一通のラブレター

そして最後のシーン。
『失われた時を求めて 第7集』の図書カードの裏に描かれた、樹(女)の横顔のスケッチ。
樹(男)が転校の日に託した本。
その図書カードの裏に、彼が生涯でただ一度描いた“告白”が隠されていた。
樹(女)がそれに気づくのは、彼との記憶も薄れかけた遠い未来のことである。
言葉にできなかった初恋が、時空を超えてようやく届く。
これこそが、『Love Letter』というタイトルの本当の意味なのだと思う。

むすび

手紙というアナログなコミュニケーション。
フィルムというアナログな上映形式。
どちらも、時間の厚みと、言葉の重みを持っている。
デジタルの即時性に慣れた今の時代だからこそ、『Love Letter』はより深く響く。

博子は手紙を返し、樹(女)は初恋の真実を知り、我々は「届かなかった想いが届く瞬間」を目撃する。
雪の中に閉じ込められていた時間がようやく溶け始める。
『Love Letter』は、喪失からの回復と時空を超えて届く想いの物語として、今もなお瑞々しい。

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